論文
2026年10月
公開ブロックチェーンにおける資産レイヤ制裁の実効到達性の測定
受賞:奨励賞、エシカルプラクティス賞
学会・研究会:コンピュータセキュリティシンポジウム (CSS) 2026
著者:渡邉 卓弥, 高田 雄太, 伊藤 大貴, 熊谷 裕志 (DTCY), 神薗 雅紀 (DTCY/DTSI)
概要:公開ブロックチェーン上の経済制裁では,制裁対象アドレスの掲載のみならず,ステーブルコイン発行体による凍結が実際の資産拘束を左右する.本稿では,制裁リストへのアドレス掲載がどの資産に,どの速さで,どの程度の拘束として結実するかを「資産レイヤ制裁の実効到達性」として位置付け,定量化する.SDN全掲載アドレス872件と,発行体管理コントラクトの凍結関連イベント16,794件を分析した結果,Ethereum・TRON上のアドレス314件はすべて凍結登録されており,内訳は掲載前46件,同日157件,掲載後111件であった.USDT・USDCの残高合計5.09億ドルの69.5%が資産拘束され,30.4%は掲載前に流出していた.掲載時点でみると,全制裁対象資産25.5億ドルのうち発行体が制御可能な残高は13.9%で,その99.9%をTetherが占めた.流出先は中央集権型取引所を含む中央管理型サービスが大きな割合を占めた.資産レイヤ制裁が発行体権限の届く資産には迅速に作用する一方,その到達範囲は指定時期・資産構成・特定の発行体に強く制約されることを示した.これらの結果から,制裁当局,発行体,取引所・資産管理業者に対し,より堅牢な制裁執行に向けた指針を導く.
2026年10月
ブロックチェーンアドレスポイズニングにおけるクロスチェーン先回り攻撃と攻撃者戦略の分析
学会・研究会:コンピュータセキュリティシンポジウム (CSS) 2026
著者:小林 航太朗 (早稲田大学), 渡邉 卓弥, 高田 雄太, 熊谷 裕志 (DTCY), 神薗 雅紀 (DTCY/DTSI), 森 達哉 (早稲田大学/情報通信研究機構/理化学研究所)
概要:Ethereum等のブロックチェーンでは,ウォレットアドレスの視認性の低さを悪用したアドレスポイズニング攻撃が深刻化している.既存研究は主にチェーン単位で攻撃を検出してきたが,攻撃者が別チェーン上の正規送金を観測し,送金履歴を先回りして汚染する実態や,チェーン間で攻撃工程を使い分ける戦略は十分に明らかでない.本研究では,Ethereum,Arbitrum,Polygonの24ヶ月間の公開データを解析し,3チェーン6方向のクロスチェーン先回り攻撃を測定した.その結果,5,426万件の攻撃と1,539万組の攻撃ペアを検出し,攻撃アドレスへの被害送金79,352件,送金額約170.95M USDを観測した.攻撃はEthereumからPolygonへの方向に集中する一方,Ethereumを宛先とする攻撃はその件数に比して検出送金額が大きかった.さらに,単一チェーン大量実行型,クロスチェーン大量実行型,クロスチェーン高額回収型という三つの活動パターンが併存することを示した.以上より,単一チェーンのラベリングのみでは捉えにくい脅威に対する,ウォレット側でのチェーン横断防御の必要性を論じる.
2026年10月
サイバー脅威インテリジェンスにおける LLM を用いた自己修復型クローリングシステムの提案と評価
学会・研究会:コンピュータセキュリティシンポジウム (CSS) 2026
著者:野本 一輝, 田中 優奈, 福永 拓海, 櫻井 悠次, 丸田 佳, 鈴木 芽依, 古川 凌也, 高田 雄太, 熊谷 裕志 (DTCY), 神薗 雅紀 (DTCY/DTSI)
概要:サイバー脅威インテリジェンスでは,多数の Web サイトから継続的に脅威情報を収集する必要がある.しかし,XPath 等の固定ルールに基づくクローリングは,対象サイトのレイアウト変更によって記事を取得できなくなる.本稿では,平常時は静的なクローリングコードで低コストかつ高速にクローリングを実施し,クローリング失敗検出時は LLM で修正版コードを生成する,自己修復型クローリングシステムを提案する.本システムは,クローリング失敗の検出と分類,修復対象の選定,修正版コードの生成と試行実行による検証,およびアナリストの承認を経た設定への反映を,一連のワークフローとして実行する.検証用サイト群による評価では,失敗検出率と失敗分類精度がいずれも 1.000,正常系誤検出率が 0.000 であった.また,5 種類の LLM を用いた計 250 ケースのコード生成では,上位モデルが記事取得の再現率 1.000 を達成する一方,モデル間の性能差が大きいことを示した.さらに,3 段階の構造変更を与えた End-to-End 評価では,失敗検出から設定反映までの全段階が到達率 1.000 で動作し,人手によるコード修正を伴わずにクローリングが復旧した.一方,反映後の再現率は 0.844,適合率は 0.803 であり,実記事に類似する広告記事の除外と,クライアントサイドレンダリング環境における記事 URL の取得に課題が残った.
2026年10月
可変額送金可能なトークン型支払い方式の形式検証
学会・研究会:コンピュータセキュリティシンポジウム (CSS) 2026
著者:児保 亮樹, 藤原 光真, 米山 一樹 (茨城大学), 林田 淳一郎, 石井 龍, 佐古 健太郎, 永井 達也, 野村 健太, 渡邉 卓弥, 齋藤 恆和, 高田 雄太, 熊谷 裕志 (DTCY), 神薗 雅紀 (DTCY/DTSI)
概要:電子決済は社会基盤として普及しているが,災害や通信障害等のオフライン環境下でも価値移転を継続できる決済手段が求められている.しかし,オフライン取引は二重支払いなどの不正を招きやすく,実運用に向けては不正検知や不正者追跡などの説明可能性の確保が不可欠である.林田ら(CSS2026)は,オフライン取引機能と説明可能性を両立するPKIを利用した中央集権的な可変額トークン型の電子決済方式を提案している.彼らの方式では,取引を署名付きトークンの生成として定義し,転々流通や分割送金により取引履歴を木構造として記録する.還収主体は記録された木構造に基づき不正検知を行う.標準化技術のみで構成できる一方,プロトコルの形式的な安全性評価は与えられていない.本稿では,暗号プロトコル自動検証ツールProVerifを用い,林田らの方式の発行から分割送金,還収に至る一連のシーケンスの形式検証を行う.具体的には,トークンの木構造に基づく二重支払い検知アルゴリズムを複数の table を組み合わせて形式化し,偽造不可能性や二重支払い検知性などの安全性要件を還収経路の分離や排他制御を導入することによって形式化する.結果として,林田らの方式がすべての安全性を満たすことを示す.
2026年10月
AIエージェントを用いたDFIR/OSINT調査における証跡対応関係の劣化測定とlint強制による抑止
受賞:優秀論文賞
学会・研究会:コンピュータセキュリティシンポジウム (CSS) 2026
著者:古川 凌也 (DTCY), 津田 侑 (Turnt Up Technologies株式会社), 渡邉 卓弥, 高田 雄太, 熊谷 裕志 (DTCY), 神薗 雅紀 (DTCY/DTSI)
概要:DFIR/OSINT調査でAIエージェントが生成・更新する記述を検証するには,資料ページ,ログ行,画像領域等の根拠位置を追跡できる必要がある.しかし,要約・書換えを反復すると,記述と根拠位置との対応関係は失われ得る.本稿では,この対応関係の劣化を測定するとともに,原資料・調査ノート・スキーマの三層からなる調査知識バンドルを提案する.調査所見を根拠位置(locator)に対応付け,引用欠落・参照不能等の構造的不整合を決定論的検査(lint)で検出し,違反を含む更新を却下する.公開データと合成例からなる7事例117問を,複数の知識表現・検索方式と8種類のLLMで評価した結果,正しい資料に到達できても根拠位置だけが失われる非対称な劣化を全モデルで観測した.一方,提案方式では,保持したlocatorの再利用によりCTI事例の根拠位置再現率を86~92%に維持し(locator除去では0%),lint強制により非強制時に最大46%だった構造的違反を全8モデル・全ラウンドで0%に抑えた.
2026年10月
特徴点ベースvSLAMに共通する脆弱性を突く敵対的映像攻撃と防御手法の評価
受賞:優秀論文賞
学会・研究会:コンピュータセキュリティシンポジウム (CSS) 2026
著者:海老根 佑雅 (早稲田大学), 野本 一輝 (DTCY), 鶴岡 豪 (早稲田大学), 田中 優奈 (DTCY), 森 達哉 (早稲田大学/NICT/理研AIP)
概要:Visual SLAM はカメラ入力から自己位置推定と地図構築を同時に行う技術であり,自律飛行ドローンの制御にて重要な役割を果たすが,安全性に関する検討はほとんど行われていない.我々はこれまで, ORB-SLAM3 ベースのドローンの自己位置推定を攻撃者が選んだ方向へ誘導する敵対的映像攻撃と,高周波かつ動的なパターンをカメラ入力から除去する防御手法を提案してきた.しかし 2 点の課題が残されていた.第一に,攻撃はドローンがスクリーンに近づいた状況でのみ成立した.第二に,評価対象が ORB-SLAM3 のみであり,攻撃が特徴点ベース vSLAM に共通する性質を突いているのかが不明であっ た.本研究ではこの 2 点に取り組む.敵対的映像は制約付き再帰フラクタルとノイズによる変位を組み合わせることで,どの観測スケールでもコーナーが密に検出され,かつ近くの領域どうしが互いに異なって 見えるように設計を改めた.評価については ORB-SLAM2 と DynaSLAM を追加した.改良した映像は, 3 システムすべてに対して 6.0×4.5 m 以上のスクリーンで全試行のドローンを墜落させた.8.0×6.0 m のスクリーンでは,敵対的映像がカメラ画像の 4.3 % を占める段階で降下が始まる.また 2.2×1.4 m のスクリーンを用いて最大 6 m の距離から実機ドローンに持続的な横方向の誘導を生じさせた.さらに,改良した攻撃に対しても既提案の防御手法が有効であることを確認した.
2026年10月
V2X に対する攻撃の体系的評価によるコンポーネントレベルとシステムレベルの乖離の検証
学会・研究会:コンピュータセキュリティシンポジウム (CSS) 2026
著者:平井 航大 (早稲田大学), 田中 優奈, 野本 一輝 (DTCY), 鶴岡 豪 (早稲田大学), 森 達哉 (早稲田大学/国立研究開発法人情報通信研究機構/理化学研究所革新知能統合研究センター)
概要:Vehicle-to-Everything (V2X) 通信は自動運転の安全性を向上させる一方,サイバー攻撃による新たなリスクも招く.我々は先行研究で,フルスタック自動運転システムと V2X ユースケース,敵対的攻撃のシミュレー ションを統合した評価フレームワーク「V2X Security Analysis and Framework for Evaluation (V2X-SAFE)」を提案し,物体検出率などシステムの一部分を対象とするコンポーネントレベルの評価結果と,衝突率など車両制御までを対象とするシステムレベルの評価結果の間に乖離が存在することを示した.しかし対象は 2 種類の攻撃に限られており,この乖離が V2X 攻撃全般に共通する性質かは明らかでなかった.本稿ではこの問いに答えるため,V2X に対する攻撃を,その手法ではなく自動運転システムから見た現れ方に着目して 5 つの現象に分類し,そのすべてを攻撃エミュレーションとして実装した.併せて非検出率や誤車線判定率などの評価指標を整備し,無線伝搬特性の再現機構を追加してより現実に近い実験環境を実現した. 2 つの交通シナリオに対し攻撃強度を段階的に変化させて評価した結果,5 現象すべてでコンポーネントレベルの指標からシステムレベルの危険性の大小・有無・順序を予測できないことを明らかにした.例えば物体消去では,非検出率が 1.00 に飽和した後に衝突率が 0.00,0.25,0.95 と変化し,危険性の有無を判断できない.この結果は,車両制御を含むシステムレベル評価の必要性を,特定の攻撃に限らない広い攻撃空間において裏付けるものである.
2026年10月
近傍の物体に擬態した敵対的パッチによるターゲット物体検出の妨害攻撃
学会・研究会:コンピュータセキュリティシンポジウム (CSS) 2026
著者:末次 響, 鶴岡 豪, 斧田 洋人 (早稲田大学), 田中 優奈, 野本 一輝 (DTCY), 森 達哉 (早稲田大学/情報通信研究機構/理研 AIP)
概要:交通信号認識に対する敵対的攻撃は自動運転システムのセキュリティ上の脅威となるが,視覚的に目立つ敵対的パッチは実環境において気付かれずに設置することが難しい.本論文では,ターゲットである信号機そのものにはパッチを重ねず,信号機の近傍に,道路標識に擬態した敵対的パッチを設置するこ とで,物体検出器によるターゲット物体(信号機)の検出を妨害する攻撃を提案する.信号機の近傍には道路標識が設置されることが多いという実環境の状況に着目し,パッチの模様と外形を道路標識に似せることでステルス性を高める.検出抑制損失,道路標識を模倣するためのカモフラージュ損失,EoT,TV 損失を用いてパッチを最適化する.デジタル実験と,信号機の模型を用いた実世界実験の両面で評価を行った結果,最良のパッチはデジタル実験で 85%の攻撃成功率(ASR)を達成し,実世界実験では複数の条件で 100%の ASR を記録した.これにより,近傍の物体への配置とステルス性を両立した信号機検出妨害攻撃の実現可能性を示す.
2026年10月
転々流通および可変額送金可能なトークン型支払い方式
学会・研究会:コンピュータセキュリティシンポジウム (CSS) 2026
著者:林田 淳一郎, 石井 龍, 佐古 健太郎, 永井 達也, 野村 健太, 渡邉 卓弥, 齋藤 恆和, 高田 雄太, 熊谷 裕志 (DTCY), 神薗 雅紀 (DTCY/DTSI)
概要:電子決済手段は、即時性や利便性の観点からその普及が急速に進むとともに、社会基盤としての依存度を高めている。レジリエンス向上のため、通信障害や広域停電、大規模災害等におけるオフライン環境下でも取引を継続できるオフライン転々流通可能な電子決済方式が提案されている。オフライン転々流通可能な電子決済は、二重支払い等の不正取引を招きやすいため、不正発生時に誰がどの証跡に基づき、どういった手続きで不正を検知し、追跡・立証するかという説明可能性の確保が不可欠となる。本研究では、オフライン転々流通と説明可能性を両立する電子決済手段を目指し、PKI を利用した中央集権的な可変額トークン型の電子決済方式を提案する。提案方式は、取引を署名付きトークンの生成として定義し、トークン分割(支払/釣銭)と転々流通により取引履歴が木構造として蓄積されるよう設計する。加えて、還収されたトークンから復元される木構造を用いて、不正取引検知アルゴリズムも提案する。X.509 電子証明書、電子署名やハッシュ関数などの標準化技術のみを用いて本提案方式を実装することにより、専用ハードウェアや非標準暗号技術に依存しない構成を実現する。
2026年10月
衛星セキュリティのためのRoot of Trust:構成要素の選定と放射線耐性評価
受賞:奨励賞
学会・研究会:コンピュータセキュリティシンポジウム (CSS) 2026
著者:中川 雄太, 山本 悠介, ファハルドタピア イサイ, ロドリゲスレオン ラファエル, 熊谷 裕志 (DTCY), 神薗 雅紀 (DTCY/DTSI)
概要:地上IT分野では,RoTに基づく認証・完全性検証が普及している一方,小型衛星への実装に必要な要素技術と宇宙放射線耐性の検討は限定的である.本稿では,COTSを用いたRoTの実装方式としてTrustZone搭載マイコンと外付けSecure Elementを候補として位置づけ,γ線によるTID耐性を評価した.その結果,Secure Elementは約10~14krad(Si)で機能停止した一方,当該マイコンは試験終了まで動作を継続し,最大62.7krad(Si)に到達した.さらに当該マイコンに対し陽子線によるSEE耐性評価を行ったところ,SRAM上のSEUと一時的な機能中断を観測したが,FLASHでのビット反転や恒久的故障は観測されなかった.以上の結果から,当該マイコンは放射線影響への一般的な緩和策を前提として,小型衛星向けRoTの構成要素として有望である可能性を示した.
