Interview

2026年4月1日

【座談会】 創薬イノベーションエコシステムの構築 ~日本発で革新的医薬品を生み出すには~

新型コロナウイルス感染症ワクチン開発の遅れは、日本の創薬力の弱さを浮き彫りにした。コロナ禍を経て、政府はバイオ医薬品や再生医療、細胞医療、遺伝子治療における国際競争力の強化に向けた議論を進め 、「経済財政運営と改革の基本方針2025(骨太方針2025) 」において、創薬力の強化とイノベーションの推進を重要課題に位置づけた。高市政権では、創薬・先端医療が17の戦略分野の一つとして政策上の優先課題とされており、その推進に向けた取り組みが進められている。
さらに、2025年12月には、基礎研究から製品の上市までをシームレスに伴走支援することを目的とする「日本国際創薬エコシステム協会」が設立された。その中枢メンバーが2026年2月4日に、座談会形式で日本の創薬エコシステム構築に向けた課題と可能性に関する議論を行った。

 

参加者は大島一博・元厚生労働省次官、山田尚文・元中外製薬取締役、古賀淳一・鳥取大学染色体研究センター客員教授、分部唯宇・日本国際創薬エコシステム協会専務理事の協会設立メンバー4人に、デロイト トーマツの仁木宏一パートナーを加えた5人。

座談会の参加者。左から大島、古賀、山田、分部、仁木(文中ともに敬称略)。

コロナ禍が突きつけた日本の創薬力の課題
 
 

仁木 日本はコロナワクチンを自国で開発できず、「必要なときに必要な薬が手に入らないかもしれない」という危機感が国民全体で共有されました。では、なぜワクチンを含むバイオ医薬品の創薬力が日本では遅れてしまったのでしょうか。

大島 コロナ禍において革新的なワクチンも治療薬も、ほとんど生まれなかった理由は、バイオ創薬に対する取り組みが、他国に比べて遅れていたことに尽きると思います。

山田 かつて日本は、低分子やナチュラルプロダクトに強みを持っていました。しかしグローバル市場でのトレンドがバイオ創薬や新しいモダリティ[i]へと移行していく中で、日本の製薬業界には「これまでの低分子医薬品やナチュラルプロダクトで十分に世界と戦える」という自信や安心感があったように感じます[ii] 。ただ、この状態が続くと日本の創薬研究・産業が空洞化し、結果として医薬品をより輸入に頼らざるを得なくなることを心配しています。

 

図表1 バイオ医薬品市場の成長

(出典:経済産業省「第11回 産業構造審議会 商務流通情報分科会 バイオ小委員会」資料9「バイオCMO/CDMOの強化について」より抜粋)

古賀 コロナ禍の時期、私は米国のニュージャージーにいて、マンハッタンの明かりが消えていく様子を目の当たりにしました。しかし、mRNAワクチンが開発されると接種の優先順位がすぐに決まり、ドラッグストアなどで一気に接種が始まりました。外国人も含めて、集団免疫の獲得に向けて非常にシステマティックに動いていたのが印象的でした。一方で日本には、接種体制の脆弱さ、創薬の意思決定の遅さ、アカデミアのシーズ不足、市場化まで導く目利きの不在など、複合的な課題があると感じています。

技術、人、資金がつながる「競技場」が必要
 
 

仁木 現在は、研究開発の複雑化と専門性の高まりにより、多くの革新的な医薬品がアカデミアの基礎研究から生まれています。米国では、20~30年前からアカデミア、スタートアップ、メガファーマが連携するエコシステムの形成が進んできたと感じます。では、日本で創薬エコシステムを形成していくには何が必要だとお考えですか?

大島 おっしゃる通り、世界の医薬品開発では、アカデミアやスタートアップが新規モダリティの医薬品開発をリードしつつ、製薬企業や医薬品開発製造受託機関(CDMO)、ベンチャーキャピタル(VC)など、多様なプレイヤーが連携する水平分業が進んでいます。特に米国のサンフランシスコやボストンでは、新しい創薬に関わる「濃い人材」が集まる場があり、活発な意見交換が行われています。そうした競技場のような、あるいはプラットフォームのような場が、日本にはまだ決定的に欠けていると感じています。

 

大島氏

山田 バイオ医薬品の創薬は、製薬企業1社だけで完結できるものではありません。米国ではバイオ医薬品の開発に対する国の支援も非常に大きいです。アカデミア、スタートアップ、製薬企業といったキープレイヤーが集まり、シーズの発掘から研究開発、非臨床・臨床試験、そして生産までがシームレスにつながる環境が整っています。こうしたエコシステムの中で人が行き来するので、自然と人材も育っていきます。アカデミア発のアイデアを育てるプレイヤーと環境、政府の支援などがある地域に集約し、人材・技術・資金が循環することで、エコシステムが形成されていくのです。

日本はまず、そうした環境が整う仕組みをひとつでもつくって、エコシステム形成のトリガーにしていかないと変わらないと思います。ここまで出遅れてしまった今、もしかするとこれが最後のチャンスかもしれないという危機感もあります。

分部 私は厚労省に約10年間勤務した後、医療情報分野のスタートアップに関わってきました。厚労省の役割がステークホルダー間の調整だとすれば、スタートアップは意思決定をして事業を前に進めていく役割を担っています。研究開発から事業創造までを内在的に織り込んでいるスタートアップの力は、新しい産業をスピーディーに生み出すという観点からも、非常に重要だと感じています。
バイオ創薬の分野は、医療情報のイノベーションエコシステムとは異なり、アカデミアとの連携が不可欠です。アカデミア発の研究シーズを、スタートアップや製薬企業へと加速的に橋渡ししていくことが、今後ますます重要になってくると思います。

 

分部氏

日本の創薬エコシステム構築に向けた課題
 
 

仁木 これまでの議論でも出てきたように、創薬エコシステムを構成する要素としては、技術・人材・資金、そしてそれらをシームレスにつなぐ仕組みが重要だと感じています。では、日本における課題はどこにあるとお考えですか?

古賀 日本のアカデミアには、将来的に医薬品として世界で通用するようなシーズが、まだ十分に育っていないと感じます。アカデミアには、誰もやったことのないような革新的でチャレンジングな研究に取り組んでほしい。そうした突き抜けた研究に対して、ワクチンにも応用できるようなバイオ医薬品のモダリティ枠でのファンディングが必要です。

一方で、現在の政府のファンディング制度では、研究者に社会実装までを意識した提案が求められています。しかし、社会実装は本来企業が担うべき部分です。むしろ企業側が、サイエンスや市場、事業性、顧客価値といった多角的な視点からシーズを評価し、開発を推進する「目利き」としての役割を果たせる仕組みを整えることのほうが重要です。

山田 新しい医薬品の初期のアイデアは、やはりアカデミアから生まれることが多いです。ただし、それを実際の新薬につなげるための技術開発には長い時間がかかります。たとえばmRNAワクチンは短期間で市場に出たように見えるかもしれませんが、実際には20~30年にわたる試行錯誤の期間がありました。

一般的に創薬では、疾患の原因となる分子(ターゲット)を特定し、それに作用する治療薬を開発しますが、その薬剤が本当にその分子に対して高い特異性を持ち、人の疾患で有効性を示す医薬品になるかどうかを見極めるプロセスにも、かなりの時間がかかります。
こうした長期的な創薬研究を、大学やスタートアップだけで担うのは限界がありますので、国と製薬企業が連携して支えていく必要がありますし、そのためには資金も人材も不可欠です。ただ、現状の日本の製薬企業では、時間もかかり、かつリスクの大きい早期の探索的創薬研究に資金とリソースを投入するのが難しい状況です。だからこそ、ステークホルダーが集まり、どのような支援が可能かを共に考えられる場が必要だと思います。

 

山田氏(右)、古賀氏(左)

大島 山田さんのおっしゃる通り、バイオ医薬品の開発には長期的な資金調達が欠かせません。しかし、日本のVCは米国と比べて規模が小さく、長期的な支援が難しいのが現状です。一方で、すべてを国費でまかなうのも、納税者への説明責任という観点から難しい面があります。ですので、国と民間の双方が適切にリスクを分担しながら支出できるような仕組みをつくることが、今後の鍵になると考えています。

仁木 私自身、これまで再生医療系のベンチャー企業のIPO支援などに関わってきましたが、創薬系ベンチャーが創薬開発以外の業務にも多くの時間を割かざるを得ない現状には課題を感じています。
日本では、ベンチャーがIPOを目指すとなると、資金調達だけでなく、事業開発、コンプライアンス、知財、経理、税務など、1社で多くの機能を担わなければならず、限られたリソースを分散せざるを得ません。その結果、創薬開発に集中する時間が削られているのではないかとの懸念があります。デロイトとしては、創薬スタートアップが成長していく際に、創薬以外の機能を支援することで、エコシステム全体に貢献できるのではないかと考えています。

仁木パートナー

古賀 ワクチンのように社会的価値は非常に高いけれど、ビジネスとしての収益性が低い分野については、製薬企業が取り組みやすくなるような仕組みが必要でしょう。所管省庁が生産枠の確保や製造支援の仕組みを整えることが重要だと考えます。

半官半民でバイオ医薬品の研究、製造、供給を担う仕組みをつくり、そうした組織が新しいバイオ創薬の機能も担うような形にしていかないと、根本的なシステムは変わらないのではないでしょうか。
たとえばタイには、GPO(Government Pharmaceutical Organization)という仕組みがあり、半官半民で医薬品の製造・研究・供給を行っています。必要に応じて安価に薬を提供できる体制が整っている点は、参考になると思います。

仁木 なるほど、ジェネリック医薬品の課題とも共通する部分がありますね。日本でも製品不正や品質管理が問題になりましたが、ジェネリックは基盤的な医薬品である以上、安全性だけでなく、品揃えや在庫の安定性も重要で、一種のインフラ的な役割を担っています。バイオ医薬品の開発でも、日本の新たな産業創出という観点から見れば、国が一定程度の旗振り役を果たしていく必要があるのかもしれませんね。

日本国際創薬エコシステム協会の設立~シーズから世界へ
 
 

 

図表2:一般社団法人 日本国際創薬エコシステム協会の概要

(出典:一般社団法人 日本国際創薬エコシステム協会提供)

仁木 技術・人材・資金がつながる「競技場」第1号として、2025年12月に日本国際創薬エコシステム協会が設立されました。どのような組織なのか教えていただけますか?

大島 人口が減少していく中、日本が国際的な競争力を持つ産業を再構築していく上で、バイオは非常に重要な領域です。これまでの議論でも触れられたように、バイオ医薬品のイノベーションエコシステムは、多くのステークホルダーが関わる非常に複雑な構造を持っています。だからこそ、日本としてもこの分野に本気で挑戦すれば、世界で勝てる可能性は十分にあると感じています。

分部 私たちは、民と官の間に立ち、研究シーズ・資金・人材をアカデミアやスタートアップにつなげていくために、日本国際創薬エコシステム協会を設立しました。代表理事に中外製薬の永山治名誉会長をお迎えし、山田さん、古賀さん、大島さんをはじめ、産官学の各分野でバイオ創薬に実績があり、国内外のネットワークも持つ方々が集まってくださったのは、本当に心強いと感じています。日本のバイオ産業を創出するというミッションのもと、特定の企業に偏らず、政治的・資金的な中立性を保ちながら、業界全体の発展に貢献するハブとしての役割を果たしていきたいと考えています。

大島 協会では大きく2つの事業を展開しています。ひとつはアカデミアのシーズを育てることです。かなり早い段階から伴走型で支援に入り、ノウハウの提供や財政的な支援を通じ、有望なシーズができるだけ早く医薬品として市場に出るよう後押ししていきます。
もうひとつは、日本全体のバイオ創薬イノベーションエコシステムにバトンをつなげるための事務局的な機能を担うことです。各ステージで人材を育成し、次の段階へとスムーズに移行できる仕組みを整えていきたいと考えています。
古賀さんや山田さんには、アーリーステージのアカデミアに対するメンターとしての支援をお願いしています。また、資金面では、新産業創出という観点から金融機関とも連携し、コミットメントを得られるような体制づくりを進めています。

バイオ創薬のイノベーションエコシステム構築には製薬企業だけでなく、さまざまな専門性を持つ方々に参画していただきたい。そうすることで、人的ネットワークが広がり、より強固なエコシステムが形成されていくと信じています。私たちの協会が、日本発の革新的な医薬品創出に向けた第一歩となることを目指しています。

進行:デロイト トーマツ戦略研究所編集長 江田 覚
構成:研究員 鈴木和泉
撮影:主席研究員 駅 義則

(敬称略)

 

PROFILE
 

大島 一博 / Kazuhiro Oshima

一般社団法人日本国際創薬エコシステム協会 特別参与
1987年厚生省入省。内閣府、内閣官房、官邸に出向し、健康医療戦略等に従事。2018年以降厚生労働省老健局長、大臣官房長、政策統括官を経て、2022年に厚生労働事務次官。
2024年7月に退官。

山田 尚文 / Hisafumi Yamada

元中外製薬株式会社 取締役上席執行役員 / 一般社団法人日本国際創薬エコシステム協会メンター
東北大学大学院修了後、東京都臨床医学総合研究所、エール大学ポスドク、日本ロシュを経て2002年に中外製薬入社。創薬研究部長、研究本部長、研究・開発・製薬統括などを歴任。2024年厚生労働省参与、2024年より東北大学特任教授(客員)を務める。

古賀 淳一 / Junichi Koga

鳥取大学染色体研究センター 客員教授 / 一般社団法人日本国際創薬エコシステム協会メンター
京都大学農学部卒業、京都府立医科大学で医学博士取得。JCRファーマ、アムジェン、第一三共で創薬・開発部門を歴任。日本医療研究開発機構(AMED)プロボスト等を経て、現在は一般財団法人 阪大微生物病研究会顧問、JCRファーマ特別顧問ほかを務める。

分部 唯宇 / Yu Wakebe

一般社団法人日本国際創薬エコシステム協会専務理事
2011年厚生労働省入省。医療保険制度の企画調整、労働基準法改正、法令審査、医療法改正等を担当。2023年厚生労働省を課長補佐で退官。2024年からクラウド電子カルテベンダーのヘンリーにて渉外、市場開発等。

仁木 宏一 / Koichi Niki

合同会社デロイト トーマツ パートナー
セントラルガバメントセクターリーダー
ガバメント&パブリックサービシーズユニット長
「日本の今を動かす、世界の未来を創る」をミッションに掲げ、産業振興や地方創生に取り組むチームをリードしている。

注釈

 

[i] 薬の形態や作用の仕組みを表す概念のこと。

[ii] 低分子医薬は化学合成によって製造される医薬品を指し、日本の製薬企業が豊富な開発実績や技術・ノウハウを有する分野である。一方、バイオ医薬分野は、細胞や遺伝子、タンパク質・ペプチド等によって製造される医薬品で、がんや自己免疫疾患、希少疾患など、従来の治療法では十分な効果が得られなかった疾患に対して高い治療効果を発揮することから、近年注目を集めている。昨今、バイオ医薬の市場が急速に拡大しており、低分子医薬が中心であった医薬品産業の構図は大きく変化しつつあると言われている。