Interview
2026年9月18日
【鼎談】 教育の未来を問う~AIと共存する時代に、どう「育つ」か (前編)
教育の最前線で見えた可能性
生成AIの急速な普及が学びの前提を大きく変え始めている。AIはどんな質問にも一定程度答えてくれる一方、思考や表現の均質化を促すことで、個人が自問自答する力を弱める懸念もある。
こうした中、多様な立場から技能伝承や教育政策・ビジネスに携わってきた塩瀬隆之・京都大学総合博物館教授と坂江裕美・米ミネルバ大学アドバンスメント部門アジア担当副学長に、合同会社デロイト トーマツの吉田圭造マネージングディレクターを加えた3人が意見交換した。
塩瀬教授は機械学習を用いた熟練技能伝承システム研究で博士号を取得、AIやロボットと人間との関わりへの造詣が深い。坂江氏は商社勤務を経てミネルバ大へ参画。同校は、超難関をくぐり抜け集まった学生が世界各地を移動しつつ社会課題解決に挑むことで知られる。デロイトの教育政策・ビジネスを立ち上げ、グループ全体のLearning&Developmentを統括し、AI時代の中での教育や人材育成の在り方への問題意識が強い吉田氏との鼎談の内容を、2回に分けて掲載する。
鼎談は7月14日に都内で行われ、坂江氏はオンラインで参加した。前編では主に、AIが教育現場をどう変えており、何が問題なのかをとりあげる。
鼎談の参加者。左から塩瀬氏、坂江氏、吉田氏(文中ともに敬称略)。
塩瀬 いま起きていることは、GoogleやWikipediaが登場した当時の騒ぎに少し似ています。「先生に聞かなくても検索すればいい」と言われたのと同じように、「AIに聞けばいい」という空気が強まっている。
学校教育でいうとテスト中心から、自分で考えて書くレポート型へとシフトしてきたところにAIが入ってきたため、探究型授業や自由研究、大学でのレポート指導などは従来のやり方では通用しなくなってきている。にもかかわらず、教育現場では「AIを使ってどう学ぶか」を十分に考えられていないのではないでしょうか。
AIを使わない選択肢はありえません。だからこそ、「どこで使うのか」をもう少し戦略的に考えてもいいのではないかと思っています。人が担うべき場面はどこかを見極めながら使っていく必要があると感じています。
坂江 ミネルバ大学では、学生の過半数がコンピューターサイエンスを専攻しています。そのため、AIが教育に与える影響は、私たちにとって日々とても身近な課題です。コロナ禍において革新的なワクチンも治療薬も、ほとんど生まれなかった理由は、バイオ創薬に対する取り組みが、他国に比べて遅れていたことに尽きると思います。
本学は「時代が変わっても必要とされるスキルは何か」を起点につくられました。対話型の授業を重視していますが、学生たちのAIへの適応力は非常に高いです。AIを使いながら授業に参加してくるので、答えそのものはすぐに出せます。一方で、答えがどんどん均質化していき、似たような、つまらない答えが増えているとの実感もあります。
だからこそ、これからは「いかに本質的な外れ値を出し続けられるか」「どうやって独自の価値を生み出せるか」が大きな課題だと思っています。これからの時代に、意味のある仕事をつくれるのはどんな人なのかが、改めて問われていると感じます。

坂江氏
吉田 デロイトでは2014年ごろから、教育政策や学校経営に関わってきました。人的資本の重要性が高まる中で、教育をどう活性化していくかは大きな課題だと感じています。
先ほど坂江さんからAIによってアウトプットが均質化していると話がありましたが、インプットの段階でも均質化が進んでいることは間違いありません。我々のお仕事や学生のキャリアにおいても「正しいインプットをもって思考・推論し、組織・個人の価値・志に基づき意思決定を行い、行動を起こす」ことが不可欠です。都市化・サービスの標準化・核家族化で原体験が痩せているのか、情報や体験が似通う中で、自分で意識して経験を取りにいかなければ、本当に良いものを得にくくなっている。こうした課題に、教育制度や学校経営がどう貢献していくべきかは、これからの人材育成を考えるうえでも、とても重要だと感じています。
塩瀬 このままだと教育はAIによって、あまり面白くない方向に進むのではないでしょうか。LLM(大規模言語モデル)は基本的に最大公約数的で平均的な答えを返しやすい。だから、知らない分野では「できるようになった」と感じやすい一方で、得意な分野では逆に自分の思考や表現が平均に引き戻されてしまうこともある。
問題なのは、そうした特性に気づかないまま使ってしまうことです。学生本人は前よりよくできているつもりでも、学生全体のレポートを俯瞰的に見ている側からすると、みんな似たような答えに集束してきて面白くない。私の授業では、そういう回答をそのまま学生たちに見せるようにしています。すると学生自身が、「あれ、みんな同じようなところにいるな」と気づくのです。
AIによる情報収集は収穫逓増の構造になりやすい。情報が集まるところにさらに人が集まり、それがまた学習データになって、さらに似たような文章が作られていく。そういう循環が起きてしまいます。だからこそ、これからは外れ値をどれだけ大事に守れるかがとても重要になります。外れ値を守る方法を学校教育の中で考えるのか、企業の中で考えるのかも含めて、仕組みとして整えていく必要があります。
塩瀬氏
坂江 大学の現場では、少し楽をして答えを得ようとすることは昔からありましたが、AIによってそのスピードが一気に上がりました。一方で危ないのは、答えが出てきている仕組みを十分に理解しないまま使っている人が多いことです。AIはブラックボックス化しやすく、出てきた答えをそのまま正しいものとして受け取りがちです。しかし、それが本当に人間にとって善いのか、倫理的に妥当なのか、正しさをどう担保するのかという問いには、簡単には答えが出ていないと思います。
これからの教育では、答えそのものよりも、その答えがどう生まれたのかを問い直し、検証できる力がより重要になるのではないでしょうか。
吉田 私も、AIによって無意識のうちに均質化が進んでいくことには強い危機感があります。知らない間に考え方や思想がある方向に歪められてしまう可能性があることが怖い。そう考えると、教育では、知識を受け取るだけでなく、問いをどうデザインするか、問いに対する筋力をどう鍛えるかが重要になります。合わせて一次情報の「本物らしさ」にこだわり、自分が何を感じてどう共有し、発信するかを学ぶことが必要です。
これはビジネスにもつながる話です。AIによって、これまで若手が担ってきた定型業務は早晩相当なくなっていくはずです。そうなると、就職時に求められる力も変わる。雇用のエントリーポイントで求められるケイパビリティ水準がグッとあがるイメージでしょうか。だからこそ、高等教育に求められる役割・期待は高くなります。例えば、カリキュラムデザインを見直すと同時に、大学だけでなく企業や社会も含めて、共同体として人をどう育てていくかを考える必要があります。もちろん初等中等段階からの接続性はより意識されるべきです。
参考まで2024年にデロイトのEducation Leadershipメンバーが、欧米・アジアの教育機関の学長クラスに対して調査を実施した際に、高等教育機関側も社会モデルの変化とそれに伴うトランジションの必要性を認識していました。
図表1 変化する社会の中で問われる高等教育の価値
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(デロイト トーマツで作成)
吉田氏
塩瀬 これまでは多様性やある種の乱雑さの中から新しい価値が生まれる余地があったと思うのです。でも、AIによってインプットもアウトプットも均質化していくと、乱雑さや異分子を生み出すアルゴリズム自体が消失するのではないかという気がしています。
それを防ぐためには、リソースのバリエーションを出し続けられるようなきっかけを、どこかが意識的につくらないといけない。たとえば、AIが書く文章はどこかおじさんくさくて、説教めいてしまいがちです。それは、時代を遡って一定年齢の世代がインターネットの世界に残してきた膨大なテキストの集積を、AIがもっともらしくまとめてわたしたちに見せているからです。そこには新しい価値の源泉というよりは、どうしても、昔取った杵柄的な繰り返しになってしまう。
こうしたテキスト情報の再生産の構造をまったく考えずにAIを無批判に使うのは、結果的にその古い価値観とシステムに隷属することにつながります。AIの答えを鵜呑みにすれば、せっかくの自分たちの価値観まで手放してしまうことになりかねない。自分たちが立っている価値の境界線を、意識的に広げていくような使い方を意識することが必要です。
塩瀬 「子どもたちの好奇心をどう引き出したらいいでしょうか」「どうしたら問いを持てるようになるでしょうか」とよく聞かれるのですが、僕は、子どもたちはもともと好奇心も問いも持っていると思っています。問題なのは、それを率直に出せない環境にあります。
子どもたちが自分の好奇心に向き合う時間をもっと許していく必要があるのではないでしょうか。大事なのは、学ぶには時間がかかることを許容する環境づくりです。聞かれる前に答えを与えてしまったり、尋ねる前に先回りして教えてしまったりしていることが多いので、まずはその順番を好奇心に向き合った素直な順番に戻すほうがいい。
現行の教育制度の中でも余白を生み出すために現場でできることはかなりあるはずです。先生たちには、制度の境界線をよく理解し、限界をギリギリまで攻めて制度を使い倒すくらいのつもりで、子どもの好奇心を守る時間をつくってほしい。
吉田 中央の政策レベルで議論されていることと、教育現場で「ここまでできる」と受け止められていることの間には、まだギャップがあります。デロイトとしては、そこをつなぐ橋渡し役、伝達役を担っていくことも大事だと思っています。例えば、文部科学省の中央教育審議会初等中等教育分科会教育課程部会の運営を支援させていただき感じたのは、政策・制度にはかなり自由度が高い運用や授業等設計が可能な余地があることです。一方、現場レベルに周知される際には違った形で伝わることもある。本来あるべき姿を追求するために、我々が政策と現場をつなぐハブの役割を果たせればと考えています。
坂江 これからは、単に知識を教えるというより、何を、どの順番で、どう学んでいくのかという「学び方そのもの」を教えることがますます重要になります。教える側には、学生の関心や問いに寄り添いながら、自発的な好奇心につなげていくアドバイザーのような役割が求められてくるでしょう。
吉田 AIによってインプットもアウトプットも均質化していく中で、多様性や新しい価値が生まれにくくなる可能性があります。もう「AIがない時代」に戻ることはない。大事なのは、AIを避けることではなくて、どう共存するか考えることだと思います。
自分の頭で考えて、迷って、試してみる時間を、制度的にどう保障するかがすごく大事になってくる。認知的に汗をかく経験ができる余地を残しておくということですね。その意味で、意識的にAIフリーゾーンやAIフリータイムのようなものを設けるのも、一つの方法ではないでしょうか。これは何も教育業界に限った話ではなく、企業内の人材育成でも同様です。我々デロイトでは、「Human-led and AI-powered」を掲げ、人材戦略が進んでいます。これまでのようにどんな情報を持っているのか、何をどう実施するのかという要素だけでなく、誰がどんな志を持ち、どんなリスペクトを持って実現するのか、というHuman Intelligenceが重要なのではないでしょうか。
図表2 AI時代の人材戦略
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(デロイト トーマツで作成)
(後編に続く)
進行:デロイト トーマツ戦略研究所編集長 江田 覚(在籍当時)、シニアフェロー 酒井綱一郎
構成:研究員 鈴木和泉
撮影:主席研究員 駅 義則
(敬称略)
塩瀬 隆之 / Takayuki Shiose
京都大学 総合博物館 研究部情報発信系 教授
京都大学工学部精密工学科卒業、同大学院修了。博士(工学)。経済産業省産業技術政策課課長補佐(技術戦略)を経て、2014年7月に京都大学総合博物館に復職。平成29年度文部科学大臣表彰・科学技術賞(理解増進部門)受賞。著書に『問いのデザイン』(学芸出版社、2020)など。
坂江 裕美/ Hiromi Sakae
米ミネルバ大学アドバンスメント部門アジア担当副学長/一般社団法人ミネルバ・ジャパン代表理事
三井物産で金融・航空・教育・ヘルスケア分野の事業開発や人材育成に従事後、レアジョブを経て、ミネルバ大学大学院でDecision Analysisの修士号を取得。2024年より一般社団法人ミネルバ・ジャパン代表理事。
吉田 圭造/Keizo Yoshida
合同会社デロイト トーマツ マネージングディレクター
教育ビジネスを軸に、中央省庁、自治体、大学、企業に対する政策提言、戦略立案、業務改革、テクノロジー導入を支援。デロイトカナダで北米の教育改革にも携わり、現在はDeloitte Global Education Leadership日本責任者として活動。デロイトトーマツグループ全体のLearning&Developmentも推進。
