Interview
2026年9月18日
【鼎談】 教育の未来を問う~AIと共存する時代に、どう「育つ」か (後編)
働く現場で起きていること
京都大学総合博物館の塩瀬隆之教授、米ミネルバ大学の坂江裕美アジア担当副学長、デロイト トーマツの吉田圭造マネージングディレクターによる鼎談。後編では、生成AIと、職場においてどう付き合うかを中心としたやり取りから、AI時代の学び直しや教育・人材育成のあり方を探る。
鼎談終了後のスナップ。左から吉田氏、坂江氏、塩瀬氏(文中ともに敬称略)。
塩瀬 昔、職人の熟練技を継承するための研究をしていました。漆は塗る素材によって仕上がりが変わるので、素材ごとに技術をマニュアル化すると、それまで熟練の職人さんしかできなかったことを、見習いでもある程度はできるようになります。これが熟練技能の技術化と呼ばれる方法です。
これは技術を遍く広げるうえではすごく大事ですが、新しい素材が出てきたときに、見習いの人は「マニュアルに載っていません」となって思考停止してしまう(笑)。でも熟練者は、少し新素材を実際に試してみてその反応を見ながら、「このへんならいけるかな」と対応できる。試行錯誤の過程を自分で知っている人はマニュアルの行間を読み、そこに書かれていない新規事案にも対応できるわけです。
AIの使い方も同じで、均質化された答えに至るまでの過程を経験したことがある人なら、そこから意図的にずらしたり、問い直したりができる。でも、最初から均質化された情報だけを受け取っていると、それ以外の世界があるという発想にならないし、探り方も分からなくなってしまう。
坂江 ミネルバ大学では時代が変わっても通用する思考習慣と行動習慣を、1年生からかなり意識して鍛えています。柱になっているのは、「創造的に考える」、「批判的に考える」、「効果的に伝える」、「効果的に人と関わる」という4つです。AI時代だから始めたわけではないのですが。
社会課題を考えるときも、まず何が起き、何が課題なのかを批判的に見ていく。背景や因果関係は土地によって全然違うので、前提をいったん外して考えたり、失敗しながら試したりすることが大事になります。そうやって、自分で考え、検証し、それを人に伝えて、他者と関わりながら解決策を探っていくプロセスそのものが、まさに認知的に汗をかくことにつながっているのかなと思いました。
塩瀬 自分にとって何が大事かを主体的に選び取る経験も重要です。カメラを眼に備えたロボットであれば絵画を、4Kや8Kの高解像度の画像として正確に記録できる。でも、人間の美術鑑賞はそういった記録とは異なります。自分がどこに気づいたのか、どこに気づいていないのかを言葉にしたり、できなかったり、さらに他者と対話しながら一緒に意味を組み立てていくような対話型鑑賞もあります。つまり、自分一人だけではなく、他の人と一緒に視覚体験と曖昧な言葉とを組み立てながら協働して理解するような世界を知る手段をもっています。それは高解像度の画像としてただ正確に写し取る記録とは、まったく別の営みだと言えます。
つまり、最初から要約された情報を受け取るだけでは学習として足りず、自分で拾い上げながら要約する経験そのものがあって初めて、要約された情報も使いこなせる。そこでは自分の目や耳で感じ取った知覚刺激の全体から、自分なりの問いを持って関係のある情報を選び取っていくことが、あらゆる学びの土台になります。
吉田氏(左)、塩瀬氏(右)
吉田 これからはAIとの付き合い方そのものを、教育現場や職場でどう身につけていくかが大事になってくると思いますがいかがでしょうか。
塩瀬 学生には、現時点ではAIはあくまで商品だということを忘れないでほしいと伝えています。商品である以上、使う人に迎合しやすく、受け入れられやすい答えを優先的に返してくる。世界の統一的な価値基準が存在するはずもなく、あくまで提供者とそれを享受する受益者のあいだでしか通用しない偏った価値観にあらゆる応答が染まっていく。そういうやり取りが積み重なると、エコーチェンバー[i]のように同じ方向の答えが自分のなかでも自然に強まってしまうことも、まず理解しておく必要があります。
公開当初は同じことを何回尋ねても機嫌を損ねず回答してくれる無限の壁打ち相手としても評判になったシステムも、今後は、トークンの総量を減らすために、少ないやり取りで結論を急ぐ方向にも開発が進む可能性があるのでなおさら、AIが自分にどういうスタンスで何を回答してきているのかをちゃんと考えないといけない。
一方で、AIは、多くの人が書き込んだ情報をまとめて提示しているので、自分だけでは気づくことができない視点を持ち込む相手として加えることができれば、自分自身の創造性を高める助けにもなります。それゆえに、いつ使うかというタイミングが大事。何でも知っている全知全能の存在というよりも、少し知ったかぶりもする自信満々の勢いのある若手くらいに捉えると、うまく付き合えるでしょうね。
坂江 AIの特徴をきちんと理解したうえで、どこを自分の頭で考えるのかを見極めることが大事であり、そこをどう学生に実感してもらうかが、大きな課題です。
自分のキャリアにどう響くかは、失敗してみないと分からないところがあります。だから、AIを使った場合と使わなかった場合の両方を体験してもらって違いを自分で確かめながら、どこに最適なラインがあるのか探っていけるプログラムが必要かもしれません。今後、AIとアントレプレナーシップ(起業家精神)をテーマにした短期ハッカソン[ⅱ]を予定しているので、そうした視点もぜひ取り入れていきたいです。

坂江氏
吉田 最後に、AI時代における社会人の学び直しについても考えてみたいと思います。
デロイトでは、「リカレント」や「リスキリング」という言い方だけではなく、ラーニング・アジリティという言葉を使っています。新しい環境や未知の経験から素早く学んで、そこで得た知見を初めて向き合う課題にも応用していける力のことです。これからは、主体的に学び続けながら、自己成長だけでなく、周囲や社会にもインパクトを与えられる人材がますます必要になってくる。
塩瀬 今の日本では、リカレントがどちらかというと生涯学習の延長のように捉えられていて、「普段と違うことを学べたらいいよね」くらいで終わってしまっているところがあると思います。でも本来は、外部環境が変わった時に合わせて自分も学び方を変えないといけない、という切実さを伴うはずです。
たとえばアメリカの自動車業界では3D CAD導入時に、大手メーカーが「3カ月後からは3D CADデータしか受け付けない」と一斉に切り替えた。だから現場は3DCADを必死に学んで、3D化に対応したのです。そういうふうに、環境の変化に促されて本気でしがみつくように学び直すことが、元来のリスキリングやリカレントだったのだと思います。
また、フランスには、プログラミングを学ぶ「42(フォーティーツー)[ⅲ]」 のように、先生がいなくても、自分とは異なる技能をもった人同士のマッチングによって相互に学び合いできる仕組みがあります。日本はまだそういった学びの選択肢を広げられておらず、学ぶ場所や方法のイメージとして旧態依然とした学校や研修の姿にしばられているように思います。
AIを使って本来まずやるべきなのは、目の前の答えをただ教えてもらうことよりも、自分が学べる場所や学び方のレパートリーを増やすことに全振りすることではないかと考えています。
吉田 加えて、学ぶことで人生が変わる、自分の可能性が開けると実感できる仕組みが必要です。実際、海外ではシンガポールの「SkillsFuture Level-Up Programme[ⅳ]」 のように、学び直しを次のキャリアや成長につなげていこうとする枠組みがあります。
このような仕組みづくりは、企業だけでも教育機関だけでも難しいので、デロイトとしても教育機関と連携しながら、方向性を示していきたいと考えています。
吉田氏(左)、塩瀬氏(右)
坂江 自分は何のために学ぶのかという目的意識も大切です。これは自分にとって面白い、これは自分にとって響く、という感覚は、学びの出発点になり得ます。
自分にとって情熱を感じるものに傾倒することは、すごく大切です。人は、本当に心が動くものに対しては本気で向き合うので、そこから深く学ぶことができるのです。
(情熱を傾けて)学ぶことが結果として「正しく学ぶ」ことにつながるのではないでしょうか。少し楽観的かもしれませんが、何かに深くのめり込める人は、その分野で優れた仕事をして、結果的にその領域をしっかり熟知していけるはずです。テクノロジーも活用しながら自分の情熱を見つけて、没頭できる学びの場につなげていくことが、これからの学び直しではとても大切になると確信しています。

吉田氏(左)、塩瀬氏(右)
進行:デロイト トーマツ戦略研究所編集長 江田 覚(在籍当時)、シニアフェロー 酒井綱一郎
構成:研究員 鈴木和泉
撮影:主席研究員 駅 義則
(敬称略)
塩瀬 隆之 / Takayuki Shiose
京都大学 総合博物館 研究部情報発信系 教授
京都大学工学部精密工学科卒業、同大学院修了。博士(工学)。経済産業省産業技術政策課課長補佐(技術戦略)を経て、2014年7月に京都大学総合博物館に復職。平成29年度文部科学大臣表彰・科学技術賞(理解増進部門)受賞。著書に『問いのデザイン』(学芸出版社、2020)など。
坂江 裕美/ Hiromi Sakae
米ミネルバ大学アドバンスメント部門アジア担当副学長/一般社団法人ミネルバ・ジャパン代表理事
三井物産で金融・航空・教育・ヘルスケア分野の事業開発や人材育成に従事後、レアジョブを経て、ミネルバ大学大学院でDecision Analysisの修士号を取得。2024年より一般社団法人ミネルバ・ジャパン代表理事。
吉田 圭造/Keizo Yoshida
合同会社デロイト トーマツ マネージングディレクター
教育ビジネスを軸に、中央省庁、自治体、大学、企業に対する政策提言、戦略立案、業務改革、テクノロジー導入を支援。デロイトカナダで北米の教育改革にも携わり、現在はDeloitte Global Education Leadership日本責任者として活動。デロイトトーマツグループ全体のLearning&Developmentも推進。
注釈
[ⅰ]SNSなどの閉鎖的なコミュニティ内で似た意見や価値観が反響し合うことで、自身の考えが絶対的で正しいと錯覚してしまう現象。
[ⅱ]ハック(Hack)とマラソン(Marathon)を掛け合わせた造語。短期的な集中開発イベントの一種。
[ⅲ]学費完全無料、学歴や経験不問で学べるフランス発のプログラマーとエンジニアの養成機関。教師や教科書がなく学生同士で教え合う「ピアラーニング」が特徴。
[ⅳ]シンガポール政府が2024年に開始した成人向け学び直し支援制度。25歳以上の国民に最大4,000シンガポールドルの追加学習クレジットを付与するほか、失業者や低所得層の受講料も補助する。
